部旗を背に

東大と京大の庭球交流の歴史

2019年5月23日

東京大学庭球部主将の須藤です。記事をご覧いただきありがとうございます。

いよいよ伝統の京都大学との定期対抗戦、京大戦(双青戦)が始まります。今年は5/24,25,26の3日間に渡って行われます。

この京大戦は毎年初夏に行われる京都大学 対 東京大学の対抗戦です(京大からすれば「東大戦」ですね)。京大と東大にて隔年で行なわれており、今年は東京大学にて行われます。男子はダブルス4試合、シングルス7試合の計11試合で競われ、6勝以上をあげた大学が勝利となります。京大戦の特筆すべきことは、これら11試合が全て5セットマッチにて行われる点でしょう。この11本勝負、5セットマッチは京大戦における伝統的な試合形式であり、これからも続いていくことでしょう。なお女子はダブルス3試合、シングルス6試合、全て3セットマッチで行われます。

平成30年度京大戦集合写真

さて、この京大戦ですが歴史は古く今年で男子は113回目(硬式では97回目)、女子は47回目を数えます。この記事では京大戦の歴史を簡単に振り返ってみましょう。

東大庭球部は1902年(明治35年)に創部され、京大庭球部も同時期に創部されました。創部当時は両校とも軟式テニスを行なっていました。第一回の京大戦は1905年(明治38年)4月に東京大学御殿山前テニスコートにて行われました。当時の試合はダブルスのみで、1試合ずつ行う勝ち抜き戦でした。先方、次鋒、・・・と試合が行われますが、勝った組は続けてもう1試合をし、2勝をすると一旦次の組に譲ります。そうして勝ち残り式で試合を進めて相手の組を減らしていき、先に相手の組を全滅させたチームの勝利となります。

軟式での試合は1920年(大正9年)まで続きましたが、同年東大庭球部は硬式へ移行し、翌年からは京大戦も硬式で行われるようになりました。硬式第1回の京大戦は残念ながら記録には残っていませんが、この年に行われたことには間違いがないようでその時の試合形式もダブルスのみの勝ち抜き戦であったようです。そして翌々年、硬式第3回(通算19回目)の京大戦からはダブルス4試合、シングルス7試合の11本勝負となりました。この試合形式は終戦直後の部員が少なかった時期の2回を除き、現在まで続けられています。

今日に至るまで京大戦が行われなかったのは1944年(昭和19年)と1945年(昭和20年)の2年のみでした。その前年の1943年(昭和18年)には文部省より「敵性競技」としてテニスの試合が禁止されていた中で京大戦が実施されたという事実は、京大戦への先輩方の並々ならぬ熱意を感じさせます。カップ1

京大戦優勝カップ 「東西両帝国大学庭球定期戦」と刻まれている

   

戦前はテニスをプレーできる環境は国内では少なく、その多くは大学に依存していました。それもあってか戦前は京大、東大ともに全国レベルのプレーヤーがほぼ常に在籍しており、レベルの高い試合が繰り広げられていました。京大戦の模様は新聞やテニス雑誌に記載されるほどであったようです。戦後は学制改革の影響やテニス環境が全国的に整ってきたこともあり、トッププレーヤーが生まれることは稀となってしました。しかしそれでも京大戦が両校にとって重要な試合であることは今も昔も変わりません。

試合そのものの他、京大戦で今でも続く伝統として、墨書きのオーダー用紙を使用することが挙げられます。普通、大学の対抗戦ではオーダー用紙は便箋や様式がプリントされた用紙を用いるのが一般的ですが、この京大戦においてのみ奉書に墨書きでオーダーが書かれます。1937年(昭和12年)に京大をご卒業された中村勇先輩は1933年(昭和8年)の東大との対抗戦について「試合前日には東大選手全員が旅館へ来訪、両軍共奉書に墨書したメンバーを交換する等物々しさに驚いた」(『東大京大庭球定期戦第50回記念誌』より)と振り返られています。

では最後に過去の京大戦の結果を見てみましょう。対抗戦の勝敗は表に示すようになっています。

勝敗表

男子は勝敗不明の1回分を除くと東大から77勝34敗、女子は19勝26敗1分となっています。そして今年、男子は京大戦10連勝がかかっています。過去に男子が10連勝を挙げたのは第1回から第10回に東大が達成したのみであり、硬式となってからは両校とも一度もありません。先輩方が繋いできた勝利のバトンをしかと受け取り、絶対に勝利して金字塔を打ち立てたいと思います!

以上、京大戦の歴史を簡単に振り返ってみました。明治に始まり大正、昭和、平成と連綿と続いて、ついに令和の時代を迎えた京大戦。その歴史を重みを感じつつ、両校の意地とプライドをかけて今年も熱い試合を展開したいと思います!

選手は両大学庭球部の部旗を背負い戦う

終わりとなりますが、この記事を書くにあたり平成16年発行の『東大庭球部100年史』(赤門テニスクラブ発行)、および東大庭球部のOB会誌に当たる赤門会報を参考と致しました。赤門会報や補完資料を提供してくださった宮崎先輩、鳥羽先輩にはこの場をお借りして御礼申し上げます。

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