ある日の夜と2年半の覚悟〜松浦圭祐〜
こんにちは。庭球部1年の松浦です。
今回ブログを書かせていただくこととなりました。さて、ブログを書くにあたって「何を書くか」は非常に悩ましいものでした。あれにしようか、これにしようかといろんなテーマが日々頭に思い浮かんできました。これだけ迷うということは、この1年間庭球部にいる中で様々なことがあったということの表れではないでしょうか。いろんな出来事があった中でも「一番心が動いた瞬間」はいつだろう。この問いとともにしばらく生活していました。七大戦で最下位だったこと、昼は倒れる寸前まで追い込み、夜はみんなで騒いだ夏合宿、そして5部残留を決めたリーグ戦、代替わり後初の全体対抗戦で9-0で圧勝したこと、20数年ぶりの東早戦勝利など。庭球部として印象的な出来事の多くはこのように部としてのイベントに関連するものでした。それはある意味当然なのかもしれません。しかし、僕の心がもっとも動いた瞬間はそうではありませんでした。
それは2025年7月31日木曜日の夜のことだった。
その日は大学の前期(Sセメスター)の試験最終日で、駒場4限の試験が終わったあと急いで部活の夜練に向かった。テストから解放された気持ちよさもありつつ、最終日の線形代数学の出来の悪さに落単しているのではないかという不安もありながら、いつも通り練習に取り組んでいた。同期の1年生も複数人練習にいたので「ついにテスト終わったなー」、「明日からついに夏休みかー」といった会話をしていたのを覚えている。そして21時に練習が終わり、その後片付けをしてコートを出た。ごく普通の一日である。そしていつも通り家に帰ろうとしたときである。あることを思い出した。その日の練習メンバーの1年生のうち一人だけ僕と同じく次の日朝練だったことを。今思えばこの瞬間があの日の本当の始まりだったのかもしれない。その一人とはY.K.である。テニスが上手だった彼は早くから上級生に注目され、レギュラー練に組み込まれていた。コートを出たのは22時頃であったが、次の日の朝練のために6時40分にはテニスコートにいなければいけない。Y.K.はテニスコートから40分ほどのところに住んでいたが、僕の家はテニスコートの近くで歩いて数分であった。ただでさえ試験に向けて勉強して睡眠時間が不足していただろうし、僕もその日は誰かとゆっくり話したい気分であったから僕の家に誘うことにした。冷房の効いた涼しい部屋の中で、作った料理を一緒に食べ、風呂も終えた。そして日付が回るか回ったかぐらいのところで「明日朝早いからなー。寝るか~」と言いながら部屋の電気を消した。といったものの所詮大学生である。人と泊まるというのにすぐに寝るわけもない。お互いベッドの上で横になりながら、くだらない話を始めてしまった。大学の話、地元や高校の話、庭球部の同期や先輩たちの話。だいぶ長く話していたような気がする。午前1時くらいであっただろうか。途中Y.K.が「せっかくだしここでしか言えないような話とかないの?」と聞いてきた。中学高校の修学旅行のときにでも戻った気分であった。何を話したか詳しいことは覚えていないが、高校の同窓会の東京支部総会での高校同期と会い、その後近くの東京タワーに行った話でもしたような気がする。(今思うと彼はどんな気持ちで僕の話を聞いていたのであろう…)Y.K.はその話に想像以上に盛り上がり、冷やかしてきたりもした。僕の話が一通り終わったあと、「Y.K.はないの?」と聞いた。どんな面白い話を聞けるのかと思っていた。しかしその期待は思いもよらぬ方法で裏切られた。僕の質問のあと、彼はしばらく間をおいて、こう言った。「俺、部活辞めることにした。」一瞬頭が追い付かなかった。その後自分が何を言ったかもあまり覚えていないほどである。ただ、引き留めることはしなかった。彼の意志を尊重した。なぜなら彼がこのことでずっと悩んでいることは知っていたから。ついにこの日が来てしまったかと思うと同時に、彼の決断と将来を応援したいと思った。その他にもいろんな思いが重なって、何とも言えない気持ちだった。入部してから3か月とはいえ、かなり多くの時間をともにしてきたし、一生ものの友達に出会えたと思っていた。しかし、突然の別れ。なぜか体が熱くなり僕は眠れなかった。彼は眠りにつけたのだろうか。これが最も心が動いた日のことである。そんな夜を過ごした後、二人で朝練に向かった。
テニスを続けたいし、部活で出会った最高の仲間と一緒にいたい一方で、彼には他に「やりたいこと/やらなければならないこと」があった。そのためにこの大学に入学してきたのも知っていた。だからこそ、つらい決断だったと思う。辞めるその日(合宿最終日)に部員みんなの前で伝えるときには目に涙が浮かんでいた。僕の目からも涙がこぼれそうだった。でも彼の方がつらいことはわかっていたから僕が泣くわけにはいかなかった。合宿の帰りのバスで今後について二人で語り合ったこと、最後に部室でみんなの集合写真を撮ったこと。今でもこの前のことのように覚えているし、このブログを書きながら何度も泣きそうになった。彼とは今でもたまにあって一緒にご飯を食べながらお互いの話をしたりしている。庭球部のことは今でも気にかけてくれているようで、リーグ戦の結果や部内ランクの変動など目立つところから、一部員の様子など細かいところまで気にしてくれている。僕がY.K.の立場だったとして、そこまで気にすることはできない。本当に尊敬する。
彼のように庭球部に残りたくても残れなかった人、入りたくても入れなかった人がいる。だからこそ残された僕たち、庭球部に所属することのできている僕たちには、そのような人たちのために精一杯頑張る義務があると僕は思う。少なくとも僕はY.K.のために、この部活を絶対に辞めないし、最後まで闘い続ける。彼の思いの分まで背負って東大庭球部をよりよく、そしてもっと強いチームにしていく。この思いを心に刻んで、忘れることなく、残り二年半の庭球部人生を全うすることをここに誓います。
(今回は「別れ」の話になってしまいましたが、庭球部では多くの「出会い」やかけがえのない「経験」ができるのは確かです。(出会いがあったからこそ、別れもありました。)仲間と共に熱い時間を過ごす「青春」を大学でも経験したい人は、ぜひ東大庭球部に入ってみてください。)
拙い文章でしたが。最後まで読んでいただきありがとうございました。
以上です。失礼します。

