トム・クルーズに憧れて

こんにちは。庭球部1年の星川拓夢です。入部して一年ほどではありますが、時には思うがままに「自分語り」をしてみようかと思います。
まずそもそも僕がなぜ東大庭球部に入ったかをお話しさせていただこうと思うのですが、恥ずかしながらとても消極的な理由です。初めは東大庭球部の存在など知らず、大学に入ったらサークルに入ってわちゃわちゃ楽しむものだと思っていました。
しかしながらテニスが下手すぎてセレクションというサークルの入部試験のようなものに落ち、主要なサークルには入れなくなりました。入学試験でやっとこの大学に来たのに、入学してからも何度も実力を試されることが嫌になって、セレクションがないサークルに入ってのほほんとテニスをすることを決め、実際に何度か練習会に参加しました。しかし、こんなときに双子の弟(2人して一浪して東京大学に合格した変な兄弟です。我々は。)が東大庭球部の情報をどこからか拾ってきて、新歓練習会に参加すると言うのです。そこで僕も負けられなくなって(僕たちはこんな感じで20年生きてきました)練習会に参加してみたところ、サークルとは全く違う雰囲気に魅了されました。アドバイスがものすごく的確で、ちょうどおかしいな、と思っていたフォームを指摘されて驚きました。その時に初めて、これまでテニスを目的ではなく手段としか捉えていなかったことを恥じました。ああ、テニス”で”楽しむのではなくてテニス”を”楽しむことが出来るんだ、と気付かされました。こんな感じで僕は、誇張ではなく99.9%サークルに傾いていた気持ちが、一気に東大庭球部へと流れ込んだのです。

僕はテニス初心者です。いや正確にいえば初心者ではないのですが、僕の母校である早稲田中学・高等学校は少なくともテニスをする上では恵まれた環境ではありませんでした。まず部員数が多い。僕が中1の時は、中高合同の庭球部は部員数が170人。そして球が恐ろしく跳ねない人工芝グラウンドは、ソフトテニス部だけでなくサッカー部、野球部とも共用でした。結局テニスボールに触れる機会は中3の終わりまでほとんどなく、それ以降も顧問の先生が「全部員が週に3球ずつはボールを打てるようにする」といった謎改革を打ち出すほど、テニスをしているとは声高にいえない環境で6年間を過ごしました。
こんな言い訳を重ねた後で、結局テニス初心者を卒業できずに入部することになったのは僕の運動神経の悪さとテニスへの情熱の無さが原因でした。前者はどうしようもないとして、後者は、中学受験に失敗したということもあって東京大学に現役で入学するために頑張ったことが理由です。しかしその勉強も要領が悪く、早くに全力を出しすぎたせいで息切れし、最後は時が経つのを待つだけになって受験に失敗しました。結局1浪して入学したわけですが、今となっては浪人で得たものはかけがえのないものであって、おまけに東大庭球部は何故か浪人経験者だらけなので、浪人生活を共有できるのもまた楽しいです。

その浪人生活について少し掘り下げてみたいと思います。
現役時の反省を踏まえ、浪人生活では気分転換をする時間を多く作ることにしました。その一環として、夏休みに映画を見に行くことにしました。2022年公開の映画で一際僕を惹きつけたのはトム・クルーズ主演の「トップガン マーヴェリック」です。これはトップガンの36年ぶりの続編なのですが、36年のブランクを僕は3日に圧縮し、一作目を見て記憶が鮮明なうちに映画館に行くことにしました。あらすじを大雑把にお話しすると、トム・クルーズ演じるマーヴェリックが、以前一緒に戦闘機で空を飛んだ相棒の息子と共に、不可能なミッションに挑むという内容です。全部で2時間半くらいあるのですが一瞬で上映が終わり、落ち着かないまま家に帰った記憶があります。僕の中でトップガンの衝撃は大きく、見に行ってから1ヶ月は勉強に手がつかず、エンディング曲が頭の中を駆け巡りました。授業後は予備校から近いので東京ドームまで散歩に行くことが多かったのですが、その時もずっと僕はトム・クルーズになりきって街を闊歩し、セリフを思い出してはニヤけていました。

(「トップガン マーヴェリック」のチケット。今も財布の中に入っている。)

というわけで僕はトム・クルーズに憧れています。僕の経験からいくとトム・クルーズはハリウッド俳優としては珍しく、女性ファンよりも男性ファンが多いような気がします。その理由はおそらく、トム・クルーズは自分でもなれそうなのになれない俳優だからです。言い換えれば漫画と現実の中間に位置している俳優です。トム・クルーズといえば、合成シーンを出来る限り避け、自らスタントをこなすことで有名です。彼の代表作「ミッション・インポッシブル」ではなんと6分間も息を止めて水中で潜水しています。「こんなの常人じゃない!」と思うのですが、でも彼はれっきとして人間なのです。映画では実際に溺れて失神しているんじゃないかと思うほどにギリギリまで潜水している姿が見て取れます(本当はそんなことしなくていいのに)。トム・クルーズの凄さは、映画の内容は確実にmission impossible であるにも関わらず、彼の執念によってmission is possible へと変えられることです。このような情熱ゆえにトム・クルーズは僕たちの憧れの対象となっています。憧れを持つ以上、当然僕もトム・クルーズみたいになれるのではないかと思うのですが、勝ち目がありません。まず演技力では当然負けます。ハリウッド俳優にはトム・ハンクスなどといっためちゃくちゃ演技が上手い役者がいて、名前が似ていてもトム・クルーズは彼らに演技という点では及びませんが、トム・クルーズはトム・クルーズなりにトム・クルーズを演じることに長けています。さらに彼は脚本をも手掛けており、カッコよさを追求するような映画で右に出るものはいません。それと比べて僕は想像するまでもなく大根役者です。演技に没頭できずに途中で吹き出してしまうかもしれません。そしてトム・クルーズは(少なくとも映画の中では)女性にモテます。好きになった子に勇気を振り絞ってLINEでご飯に誘ったところ数日間未読無視された経験が、彼には果たしてあるでしょうか。また、身長では勝てるかと思いましたが無理でした。トム・クルーズは身長が低いことで有名で、調べたら170センチだったのですが1センチ及びませんでした。そういえば僕も背が低いことを忘れていたのでした。こうなると最後はせめてもの勉強では勝てるんじゃないかと思ったのですがこれも駄目です。そもそも僕はこの大学に来たことを必然とは思っていないし、1浪です。おまけにトム・クルーズが映画「ラスト・サムライ」のために1日10時間刀を振る練習をしていたという驚異的(というかもはや狂信的)なエピソードを耳にしてからは勝てないと思いました。もしトム・クルーズがドラゴン桜に出演するとなったら、彼は1日10時間勉強するに決まってます。120字問題に取り組み、一日中積分をする姿が想像できます。

こんなわけで僕はトム・クルーズには到底なれないわけですが、しかし東大庭球部では僕もトム・クルーズになるつもりでいます。これがこのブログの本題です。先ほど書いた通り僕は初心者です。合理的に考えれば、強くなることを目指す東大庭球部には必要のない存在です。何の取り柄もない人間です。そんな僕が東大庭球部にいる意味は何か?そう考えた時に、僕はトム・クルーズに憧れて、信じられないくらい上達して見せようと思います。そのためにアホみたいな努力をしてみる。つまり、練習をする度に毎回毎回上達していくんだと信じて疑わないわけです。無理をしない程度に、怪我をしない程度に、ギリギリを攻めていく。毎回の練習が終わったらしっかり反省して次に繋げる(駿台の授業スタイルです)。毎練習でもらうアドバイスは、独断で取捨選択するのではなく、とりあえず全部試してみる。試合で06 05になったとしても決して諦めず、06 75 60 で勝ちに行く。「レギュラーになる!」みたいな目標は僕にはさすがに非現実かもしれないけれども、トム・クルーズなら少なくとも2、3年分の差は埋められると思います。そして同時に、運動部では忘れられがちな勉強も本気でやって見せます。浪人までして、そして何よりも結果的にたくさんの受験生を不合格へと追いやって、何のために僕はこの大学に来たのか。それはやはり学問をするためです。僕は幼稚園の頃からイルカが大好きで、イルカの生態について研究するためにこの大学に来ました。その夢と、テニスを上達させる夢を、同時に叶えることは出来るのか?生意気に聞こえるし、無理だと思うかもしれません。でもトム・クルーズなら、時には視聴者の予想をも裏切って、99.9%不可能な状況から大逆転してみせます。僕はそんな1人の人間になってみせようと思います。憧れを果敢に超えていく。これが僕の東京庭球部における役目です。

(等身大のトム・クルーズとの2ショット。もちろん本物ではない。)

そしてこれは自戒の意味も込めて書いたものです。人生には辛いことも立ち直れないこともあります。上手く行くことよりも上手くいかないことの方が多くあります。ですから僕の3年半の東大庭球部での生活でも上手くいかないことが多くあるのは当然です。そんな時に自分はどうなってしまうのか。この文章を読んでくれているかもしれない未来の後輩が、ブログの姿はどこへやら、トム・クルーズとは遠く離れてしまった「星川拓夢」という奴を見たらどう思うでしょうか。そんな姿を見たら「おい!しっかりしろ!」と言ってもらえるような先輩に僕はなりたいし、自分でも時々このブログを読み返して、初心を忘れず努力しもっと上達できるように頑張っていきたいと思います。こういうことができるなら、こんな黒歴史みたいな「自分語り」も微々たる価値を持ちうるかもしれません。

締めくくりは大胆に。「トップガン」に出てくるセリフでおわりましょう。たとえ皆に無理だと言われても諦めず、自分はやり遂げてみせる!と思わせてくれる一節です。
無人機が主流となっていく中で、マーヴェリックのような有人飛行パイロットは不必要になると言われる場面。
「結末は見えているぞ、マーヴェリック。パイロットは絶滅する。」
「だとしても、、、今日ではありません。」

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