負けず嫌い〜緒方沙帆〜
こんにちは。庭球部2年の緒方です。
最近は新歓について考えることが多く、自分が部活・サークルを決める側だったころのことを思い出すことがしばしばあります。そういうときは大抵そこから庭球部での思い出に移行していくのです。今も弟が送りつけてきたSpotifyのエミネムのアルバムを聴きながら思い出にふけっているとブログを書いている手が全く進みません。
ざっくりこの2年間、いろいろなことがありました。1年の七大戦の最終戦でスペイン語の試験のために東京に戻らなければならなかったこと、夏合宿、九大戦で先輩の運転でのドライブ、双青戦の次の日に同期とユニバに行ったこと、2年目の七大で前年のリベンジを果たしたこと。挙げればきりがありません。
たくさんの良い思い出があるのですが、いつも最初に思い出すのは負けた試合。ファイナル入って逆転勝ちした試合の内容は全く記憶に残っていないのに、競って負けた試合やすこっと負けた試合は鮮明に思い出せてしまいます。
私は人一倍負けず嫌いです。小学生の頃はバトミントンクラブに所属していたのですが、負けた試合では必ずと言っていいほど泣いていました。バドミントンを始めたばかりの小学生の私は初めて挑んだ大会で初戦から第一シードと対戦し当たり前のように負けたのですが、試合の途中から自分の無力さが悔しくて泣いてしまっていました。ピアノのコンクールに出たときに私の兄が賞を取り、私は取ることができなかったときにも泣いたことを覚えています。
しかしそれは小学生だったころまでで、中学生になってテニスを始め、中高と試合に出て負けても泣いていませんでした。当時はバトミントンをやっていたときより成長したのかなと思っていました。でも振り返ると、それは少し違っていたのかもしれません。
尊敬する先輩から、沙帆は淡々と生きている節がありそれがテニスにも出ている、といった言葉をいただいたことがあります。そのときいろいろ腑に落ちたように感じました。いつの間にか負ける理由を「自分の実力不足」ではなく「相手が強かったから」と考えるようになっていました。現実を見ているつもりで、実は自分が傷つかないようにしていただけだったのだと思います。相手が強かったと言えば、自分の弱さと向き合わなくて済むからです。そのような自分を守る心の持ちようが周りから淡々としているように見えるのだと思います。
思い出にふけっているとき、必ず思い出すのは去年のリーグの千葉大戦。自分の負けでチームの昇格がかなわなくなったとき、自分のことを過信していたことを思い知り、プレッシャーで足が震えるという経験をして、チームの勝敗が自分にかかっているというプレッシャーの重さを実感しました。その日、自分のテニスとの向き合い方が変わった気がします。それでも時間が経つとそれ以前の自分に戻ってしまうように感じます。自分が負けたのは相手が強かったからだと。
そして最近、自分の弱さが悔しくてたまらなくて泣いたことがありました。私は東大女子庭球部のS1を名乗る者としては弱い、そんなんでS1名乗ってんのかよ、と自分で思ったわけです。もちろん誰から言われたわけではなく、勝手にそう思っただけです。実際、過去の女子部のエースの先輩方と比較して私は格段に弱い。その事実を突きつけられたような気がしました。あのとき泣いたのはそれだけ自分の弱さが悔しかったからだと思います。やはり負けず嫌いは健在です。小学生の頃のようにただ純粋に悔しいと思わせてくれ、他にもたくさんの感情を経験させてくれている庭球部という環境に感謝しかありません。
引退するときには負けて悔しい思いをした試合ではなく、チームを勝ちに導いた試合、自分らしいテニスができた楽しい試合を真っ先に思い出せますように。それまでは悔しさを胸に練習頑張って強くなります。
最後に、東大庭球部は負けず嫌いがたくさんいます。多様な人の集まりですが、勝ちたいという思いはみんな一緒です。同じ目標を掲げて、練習に誘えば二つ返事でのってくれ、なんでも語り合える仲間がいる。この春、そんな仲間がたくさん増えることを願っています。拙い文章でしたがお付き合いいただきありがとうございました。
以上です。失礼します。


