引退のことば-石塚一真-

こんにちは。石塚です。

先日、東大庭球部を引退しました。
引退の言葉を後輩にせがまれたので書かせていただきます。
しばしお付き合いを。

さて、自分はいくつかの信念や経験則のようなものに囚われています。
いくつかご紹介しましょう。

「爪は夕方以降に切ってはいけない」
「道具には忠誠心があり、育てる努力をしたほうがよさげ」
「1日はプラスとマイナスが釣り合うようにできている」

などなどです。
なんとなく理解いただけるものから意味不明なものまであるかと思います。
そして、自分は重要な試合の日や特別な日のたびにこの”縛り”を思い出します。

しかし、自分の中でまったく揺るがない考えがあります。本日のメインテーマです。
その考えに至るきっかけとなった出典からご紹介しましょう。それは

? 『山月記』

です。国語の教科書に載ってるチャイニーズフィクションです。
自分の記憶が正しければ、

詩人になることを夢みていた主人公(李徴)が、詩人を諦めて官僚の道へ進み、それでも詩を続けていたらトラになってしまった

という恐ろしいストーリーです。

『山月記』のメインテーマはもちろん
「なぜ李徴はトラになったのか」
です。ですが、自分が今書きたいのはそこではなく、
「李徴の詩は最後まで一流ではなかった」
という点です。李徴は詩の才能があったとされていました。
なぜでしょう。

明確には述べられていないのですが自分はこの理由を
「どっちつかずだったから」
と考えました。つまり、

「一流になるには他のことをすべて捨ててでも一つのことに没頭しなければならない」

ということです。『山月記』の中の話で言えば
李徴は官僚の道を進んだ時点で一流の詩人になるほど詩に没頭できなかった
というわけです。
この考えは自分の中でかなりの地位を占めるまでになりました。
「テニスで一流になりたいのなら、他のことを全て捨ててテニスに没頭しなければならない」
東大庭球部に入ったのもこの考えが根底にあったからです。
東大に来た以上、一流のルートからは外れています。
ですが、その中でも自分の限界に挑戦したい。
その思いで入部したのを覚えています。

実際にテニスに没頭できる最高の環境がそこにはありました。
緊張感漂う正規練習
1週間に20km走るトレーニング
無限に使えるフリーコート
引退の時のおきまりのセリフで言えば
「四年間つらいこともたくさんあったけど、最後まで続けてこれてよかった(涙)」
と思わせてくれる、これ以上ない環境です。
それでも、そんな環境にいる後輩達へ最後に
「もっとテニスに没頭できる」
と言って締め括ろうと思います。
この環境にただ所属しているだけではただの庭球部員です。
そこからさらに抜きん出た部員になるなら、他人よりもテニス以外の要素をなるべく排除することではないか、と自分は思います。
テニスに没頭できる最後の四年間であり、授業やバイトなどでうつつを抜かしている場合ではありません。四年間はあっという間です。
自分もそういう意味ではまだまだでした。
ですが、これを読んだ後輩が自分の代わりに真の”没頭”を達成してくれると信じてやみません。

以上で引退の言葉とします。
後輩への言葉は引退式でほぼ言い尽くしたし。
同期への言葉はこそばゆいし。キャラでもないし。
部活全体を想うようなブログはまあ誰かが書くでしょう。
ということで自分らしく最後まで自分自身の話で締め括れたと思います。

これからは時折コートに顔を見せつつ、次に没頭できる何かを探そうと思います。

四年間、青春をありがとう。

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